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ブールスポーツの歴史とCMSB
ブールは、紀元前9000年の新石器時代のトルコ、紀元前5000年のエジプト、そしてギリシャ時代にその起源を探ることができる。
しかし、この時代までのブールは、遠投や力技が目的であったようで、競技としての起源を意味するものではなかった。
ローマ時代になると、今のブールスポーツと同じようにブールを投げている人や、ポイントを測定している人のフレスコ画が残っている。
中世ヨーロッパでは、ブールは街中で行われるほど盛んであった。
国王シャルル5世はブール禁止令を出したほどでであったから、いかに人気があったかがうかがい知れる。

ブールの競技方法は、19世紀末ころまでに地域的慣習と伝統によって、後に【スポールブール】となった【ブールリヨネーズ】あるいは【ロング】ともいわれる【プロバンサル】や【ラッファ】となった。
20世紀の初頭になって【プロバンサル】から【ペタンク】が誕生した。【プロバンサル】以外のブールスポーツは、ヴァカンスや、移住で多くの国に広まった。
主としてフランスとイタリアから世界中に広まったブールスポーツは、それぞれの競技特性に応じたNF(国単位の連盟)の結成を見るにいたり、国際連盟を誕生させることになる。

1946年 FIB(国際スポールブール連盟)
1958年 FIPJP(国際ペタンク・プロバンサル連盟)
1982年 CBI(国際ラッファ連盟)

以上3つのIF(国際連盟)による交渉の結果、世界ブールスポーツ連合
(Confederation Mondiale des Sports de Boules, 略CMSB)が、1985年12月21日、モナコにおいて設立された。現在、CMSB本部はモナコに置かれ、モナコ公国アルベール王子が名誉会長となっている。

CMSBは、1986年10月15日、スイスのローザンヌで行われたIOC(国際オリンピック委員会)第91回総会に於いて、IOC加盟団体として認可された。FIB会長のアルフォンス・ラジエーブリュノ氏がCMSB会長に、FIPJP会長のアンリ・ベルナール氏とCBI会長のロモロ・リゾーリ氏が副会長となった。

CMSBはGAISF(国際スポーツ団体総連合)、IWGA(国際ワールドゲームズ協会)、そして、ARISF(公認国際スポーツ連盟)の加盟団体となっている。CMSBは3つのIFの構成により、1999年までに220以上もの世界選手権大会(成人、女子、ジュニア)を主催した。

FIPJP(国際ペタンク・プロバンサル連盟)は、ロンドン(1985年)、カールスルーエ(1989年)、ハーグ(1993年)、におけるワールドゲームズに参加。FIB(スポールブール連盟)は、チュニス(1967年)、スプリ(1979年)、カサブランカ(1983年)における地中海ゲームズに参加、1993年には、地中海ゲームズの開催期間中に、フランスのアレでペタンク、スポールブール、ラッファの合同大会が行われた。

1997年6月、イタリアのバリに於いて、歴史上初めてペタンク、スポールブール、ラッファが地中海ゲームズの一つの正式種目となった。
1997年8月、ラハティ(フインランド)において、ペタンクとスポールブールはワールドゲームズの同一の種目となった。CMSBは、いくつかの大陸大会に参加し、オリンピック大会に参加する日が待たれている。
(オリンピック種目への認可申請は、1996年6月15日に行われ、1995年5月27日に受理された。)

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