伊豆河津町?。すぐには思い浮かばなかった町。伊豆の稲取なら30年ほども前に行ったことがある。
川端康成好きの私の、若き日の伊豆の旅は、天城越えをして下田へのバス旅行であった。
温泉・魚・明るい海
「河津は河津桜といって桜の名所ですよ」と村瀬さんの説明を聞いて、河津桜という言葉は、うっすらと何かで読んだ記憶が甦った。
そんなところに、パリのバガテルを模した公園ができた。そこで、日本ペタンクリーグが、各地の大会でチャンピオンになった選手がチームに1名以上参加する条件のもとで、チャンピオンリーグトリプルス大会が行われた。
北は北海道から南は岡山までが参加した。中部日本では私だけかと思っていたら、長野県からの参加もあった。「長野県でもペタンクやってるんですか」と聞いて叱られた。ペタンク連盟所属でやって来られた20歳代と40歳代?の2チームであった。大会全体の参加者の平均年齢は50歳くらいになろうか。
中でも若い人たちがどんどん力を付けてきていることを痛感した。
フランス庭園の園路でフランスのスポーツペタンクを!!
ただ、私はここでは、競技の結果を言うよりも、バガテル公園大会の将来性を言いたいために書いている。
ペタンクはグラウンド型のスポーツではなく、公園型のスポーツである。つまり、グラウンドはテランが整備されて、ティールもポワンテもそれなりの難しさが薄れるところがおおいにある。
それに比べて、公園の園路は整備されていても、グラウンドのテランと異なって、起伏があったり、砂というより、砂利といった方がよい土質であったり変化が多い。フランスのペタンク会場のテランは、実にさまざまな土質である。ミヨーしか知らないと、あのガチガチの珪石質の、傾斜さえあるテランをペタンクのテランと考えてしまう人もあるが、ミヨーはフランスのペタンカーにしてみても、荒れたテランとして受け止められている。
今年、広島のねんりんピックに、3回目の来日をするポール・ゴルチャコフ選手に、かつてマルセイユで会ったとき、私が、「ミヨーに行ってくる」と話したら「ミヨーは難しいぞ」といわれた。日本人で初めて訪問するミヨーを、「難しいぞ」、と忠告してくれる意味が、世界に認知されていない日本協会の人間が行っても受け入れられないぞ、という意味かと受け取ってしまったが、そうではなくて、テランが難しいぞという意味であったことに気づいた。当時は私も、こんなところでもペタンクをするのかと驚いた。ミヨー大会では、市長さんまでごあいさつに来られて、大歓迎されたのである。
ミヨー大会の主会場ビクトワール公園も、さまざまな変化が面白い公園型スポーツのペタンク向きテランということになる。
バガテル公園のテランも、一見平坦に見えながら。細かな砂利の下に変化があって、ドネ(ブールの落としどころ)の判断が難しい。
今回のチャンピオンリーグは、予選を南小学校のグラウンドで行い、ベスト8からのトーナメントをバガテル公園のオランジェリー館前をカレドヌール(栄光のテラン)として行ったが、大会に参加した結果で考えると、予選大会からすべて、バガテル公園のローズガーデン園路で行われたほうが良かったのではないかと悔やまれる。
次回バガテル公園大会開催に期待!!
しかし、この反省は、次回のバガテル公園大会への可能性として考える方がよいのかも知れない。
河津町とバガテル公園共催、日本ペタンクリーグ主管のオープン大会として128チーム程度までを受け入れられる大会が可能だと考えられる。
実現すれば、河津の名物イヴェントとして定着してゆくことだろう。
日本の公的機関が管理する公園の園路使用が、ペタンク大会での使用にはまだ自由ではない現在、バガテル大会が成功することで、ペタンクが公園型のスポーツであることが理解され、公園の園路の使用が認められるきっかけとなればうれしい。
アジアペタンク選手権大会推薦チーム決定!!
この大会で、岡山備前クラブチーム(協会系)がアジア選手権へ推薦され、日本代表となることが決まった。
京都ウッドビレッジプロチームと競り合って、同点時間切れ最終メーヌで獲得した勝利であった。
バガテルのテランでは、ティールとポルテの技術に勝った者が、好成績を収めたと私は考える。10m近い距離へ高いポルテを2投成功させて決勝に進んだ京都の清水選手、同じく、9m以上のダイレクトティールを成功させて優勝した岡山の中村選手、いずれも見応えのある決勝戦であった。(文責プチヘラ)
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