MAD PETA
ペタンクの歴史
 ペタンクの歴史が語られるとき、紀元前数百年からの球技について語られる場合がしばしばあります。
人類が球形のものを競技あるいは遊具に用い始めた歴史として語られるのです。
 私は、ここでは、ペタンクというスポーツについて直接その成り立ちと、成長についてお伝えしようと考えます。
 はじめに、ル・プロヴァンサルというブール競技についてお話をする必要があります。
 名前のように、南フランスのプロヴァンサル地方で盛んに行われていて、現在も行われていますが、男性のスポーツで、ペタンクと同じブールを使う競技です。同じブールといっても、ペタンクが発祥した1910年ころは、現在のブールとは異なった、木の実にびっしりと金属の鋲を打ち込んだ物ですから、ブールは少し大きくて、現在の競技規則でいう直径の最も大きなサイズぐらいのものがほとんどでした。
 プロヴァンサルのテラン(コート)は、長さ25メートルで、巾は4メートルで行われます。この球技は、テランのサイズと投球の仕方がペタンクと違うぐらいで、競技規則のほとんどはペタンクと共通していることから、フランスの競技規則と、組織は、ペタンク連盟と同じになっています。
 組織の略称のF.I.P.J.Pの末尾のJ.Pはプロバンサル競技を意味しています。
 プロヴァンサルの投球は3歩助走して行います。リュウマチのような病気になって、車椅子生活になり、3歩助走することができなくなったチャンピオン、ジュール・ル・ノワールを哀れんだ兄弟やエルネスト・ピチオという人が、投球位置を固定して、目標距離を短くし、車椅子や松葉杖であっても参加できる競技にした。それが1907年ころのこと。
 試行錯誤があったことでしょうが、地面に描いた丸の中に両足を揃えることから、ピエ・タンケが競技の名称になって大会を開催しようということになった。ぺ・タンコ、ピエ・ジョワンなどと方言でいわれていたものがペタンクという名称で一般的になったのです。
 最初の大会には、ジュール・ル・ノワールも参加して、エルネスト・ピチオが、1910年6月に、『ラ・プチ・マルセイエーズ』という地方新聞をスポンサーにして開催したということです。その記事は6月7日火曜日に掲載されていることから。6月5日の日曜日のことであったようです。
そのようなことは、サクレ・ペタンク(聖なるペタンク)という書物に書かれています。
フランスのペタンク歴史
絵はがきより鋲を打ち込んだブール。人物は19世紀中ころ。ブールは19世紀末頃のものと推測する。
鍛造と溶接技術によって、現代風のブールを最初に作り出したJB社
サン・ボネルシャトーの
古い絵はがき。